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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和48年(ウ)54号 判決 1976年8月27日

申立人 冨田歩

右代理人弁護士 菅井俊明

相手方 中村吉次郎

主文

金沢地方裁判所昭和四五年(ヨ)第二六号不動産処分禁止仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和四五年二月二一日になした仮処分決定を取消す。

申立費用は相手方の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申立人

主文同旨

二  相手方

1  本件申立を却下する。

2  訴訟費用は申立人の負担とする。

第二当事者の主張

一  申立の理由

1  相手方を債権者とし申立人を債務者とする金沢地方裁判所昭和四五年(ヨ)第二六号不動産処分禁止仮処分申請事件につき、同裁判所は昭和四五年二月二一日、申立人は別紙物件目録記載の土地について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない旨の仮処分決定をなした。

2  右仮処分は相手方の別紙目録記載の土地についての所有権移転登記手続請求権を被保全権利とするものであるところ、相手方が右被保全権利に基づき申立人を被告として提起した本件仮処分の本案事件である金沢地方裁判所昭和四五年(ワ)第三一二号土地所有権移転登記請求事件について昭和四八年六月二〇日請求棄却の判決がなされ、相手方がこれに対して控訴し名古屋高等裁判所金沢支部昭和四八年(ネ)第六二号事件として同庁に係属したが昭和五〇年一二月一七日控訴棄却の判決がなされたところ、相手方はさらに上告し最高裁判所昭和五一年(オ)第二三五号事件として同庁に係属したが昭和五一年七月一日上告棄却の判決がなされ、相手方の被保全権利の不存在が確定した。

3  よって本件仮処分決定については決定後に事情の変更が生じたものであるから、その取消を求める。

二  申立の理由に対する認否

1  申立の理由2記載の事実中、本件仮処分の被保全権利に基づき相手方が申立人を被告として金沢地方裁判所に提起した申立人主張の事件において昭和四八年六月二〇日請求棄却の判決がなされたこと、相手方がこれに対し控訴し名古屋高等裁判所金沢支部に申立人主張の事件として係属し、昭和五〇年一二月一七日控訴棄却の判決がなされたこと、相手方がこれに対しさらに上告したことは認める。

2  申立の理由3記載の主張は争う。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  申立の理由1記載の事実は、相手方が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

申立の理由2記載の事実中、本件仮処分の被保全権利に基づき相手方が申立人を被告として金沢地方裁判所に提起した申立人主張の事件において昭和四八年六月二〇日請求棄却の判決がなされたこと、相手方がこれに対し控訴し名古屋高等裁判所金沢支部に申立人主張の事件として係属し、昭和五〇年一二月一七日控訴棄却の判決がなされたこと、相手方がこれに対しさらに上告したことは当事者間に争いがなく、右上告事件が最高裁判所昭和五一年(オ)第二三五号事件として係属したが昭和五一年七月一日上告棄却の判決がなされたことは相手方において明らかに争わないから自白したものとみなす。

二  ところで弁論の全趣旨によれば本件仮処分の被保全権利は、別紙物件目録記載の土地についての譲渡担保設定者である相手方から譲渡担保権者である申立人に対する担保物件受戻権としての所有権移転登記手続請求権と認められ、他方相手方が本案訴訟の第一審においては右譲渡担保の被担保債権の支払いと引換えに担保物件についての所有権移転登記手続を求めたが棄却されたこと、相手方は控訴審においては自己の主張に従って計算した被担保債権の残額を弁済供託したうえ担保物件について無条件の所有権移転登記手続に請求を拡張したが、供託金額が残債権額を大巾に下回り供託の要件として主張した弁済提供の事実も認められないとして、控訴棄却、控訴審における拡張請求棄却の判決を受けたこと、相手方が控訴審において裁判所からの釈明に対して予備的に被担保債権の残額全部を弁済して担保物件の受戻しを求める意思のないことを明らかにしたので被担保債権残額の弁済を条件とする担保物件についての所有権移転登記手続請求はなされていないものとされ、申立人が主張していた受戻権の消滅の抗弁については判断するまでもないとされたことは前記当庁昭和四八年(ネ)第六二号事件の審理を通じて当裁判所に顕著である。

従って譲渡担保の被担保債権が弁済供託によって消滅したことを理由とする受戻権の行使としての所有権移転登記手続請求権の不存在は申立人と相手方との間で確定したのであるからそのかぎりでは本件仮処分について事情の変更があったものといわなければならない。

もっとも相手方としては右譲渡担保の被担保債権全額を弁済等によって消滅させたうえ、または被担保債権の消滅を条件として、申立人に対し受戻権の行使として担保物件につき所有権移転登記手続請求の訴を提起する余地がある(勿論その場合には受戻権の消滅について争われることが予想されるが)といわなければならないから、その意味において本件仮処分の被保全権利が全て否定されたものとはいまだいうことができない。

しかし、保全処分は本来本案判決がなされるまでの暫定措置にすぎないこと、比較的簡便な手続で発せられ債務者に少なからぬ不利益を課するものであって本案判決による紛争の解決がなされた以上長期にわたって存続することが予定されないものであること、また一個の保全処分に対する本案事件として複数の被保全権利が考えられる場合どの権利に基づいて訴を提起するか、どのような形態の訴(例えば給付訴訟か確認訴訟か、現在の給付の訴か将来の給付の訴か等)を提起するか、併合請求とするか否かは、原告となる債権者が決定することができることを考えあわせれば、一個の保全命令は一回の本案訴訟に対応する暫定的措置と解するのが相当であって、債権者において本案事件として複数の被保全権利に基づく訴、複数の形態による訴の併合提起が可能であるにもかかわらず、そのうちの一部の被保全権利に基づく訴、一部の形態による訴を選択し遂行した結果敗訴が確定するに至ったような場合には、その後他の被保全権利に基づき、あるいは他の形態の訴訟を提起することができるとしても、保全の必要性は消滅したものと解するのが相当である。

本件についてみれば、相手方には被担保債権残額を消滅させたうえ、あるいはその弁済を条件として受戻権を行使する余地があることは前記のとおりであるが、相手方は前記訴訟において自らの選択に基づいて被担保債権残額の弁済を条件とする担保物件の受戻権を行使しなかったのであるから、右被保全権利の保全の必要性は消滅したものといわなければならない。

従って右のとおり相手方においてなお受戻権行使の余地があるとしても本件仮処分についてはその発令後理由が消滅したものということができる。

三  以上のとおりであるから本件申立は理由があるからこれを認容することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行宣言につき同法第七五六条の二、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡悌次 裁判官 富川秀秋 西田美昭)

<以下省略>

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